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多賀城市が6日、「地域における歴史的風致の維持及び向上に関する法律」(歴史まちづくり法)に基づく国による認定を受けた。県内での認定は初め
てで全国で27番目。震災復興計画と連動させた認定も初めてで、市の懸案となっている国特別史跡・多賀城跡の「外郭南門」復元事業などが復興の目玉として
実現に向けて動き出す。【渡辺豊】
歴史まちづくり法は08年11月に施行。自治体が歴史的価値の高い街並みや建造物、良好な環境(歴史的風致)を維持・向上させる市町村の計画事業
を策定し、一方、国土交通、文部科学、農林水産の3省が事業費の2分の1以上を支援する。同市の計画策定は震災で中断したが、復興計画を検討する中で国と
再協議を重ねてきた。
計画では「歴史的風致」の対象を、政庁跡や多賀城碑など古代史跡の集中する多賀城跡▽伝統の建物や行事が残る同市南宮などの農村集落▽陸奥総社宮はじめ旧街道の風情を残す「塩竈(しおがま)街道」▽江戸期の舟運の繁栄をしのばせる貞山運河--に設定した。
認定に基づく具体的な事業は17に上る。20年越しの計画だった多賀城南門復元は昨秋、菊地健次郎市長が着手を明言したが、震災でまた計画の頓挫
が懸念されていた。歴史まちづくり法の認定を受け、壮麗な二重門と築地塀の復元は、多賀城創建1300年の節目となる2024年度までの完成を目指す。城
下に伸びる「南北大路」などの整備も進める。
このほか、「末の松山」「沖の井」など市内7カ所の古来の歌枕も周辺環境を整備。震災被害を踏まえ、火災の類焼を防ぐために母屋から離れた場所に建てられた木造の倉「板倉」の保存や、散逸の危険がある古文書など文化財の調査・保全も盛り込んだ。
同法のこれまでの認定例は金沢市、岐阜・高山市、山口・萩市、青森・弘前市など中世の城の城下町や「小京都」の観光地のイメージが強く、多賀城の
ような古代史跡を核にした街の認定は珍しい。菊地市長は「念願がかなってうれしい。史都・多賀城の魅力に磨きをかけ、復興の新たなスタートにしたい」と話
している。
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■解説
◇市民への説明、重要
多賀城市の多賀城南門復元計画が「歴史まちづくり法」の認定で動き出す。ただ、同市では津波で34%が浸水し、公共施設だけでも約50億円の被害
が出た。それだけに国の財政支援があるといっても市民には「南門復元が優先課題か」との疑問はあるはず。「史都にふさわしい復興事業」(菊地健次郎市長)
を成し遂げるためには、長期ビジョンと市民への説明が必要だ。
南門復元計画は1989年に「ふるさと創生1億円」の活用で計画に着手。94年に総工費約10億円の設計書をまとめた。だが、市長交代や水害に加え、バブル崩壊による財政悪化で凍結。昨年の多賀城跡調査50周年を機に再び動き出したが、震災に見舞われた。
今回、追い風になりそうなのが、三陸自動車道整備が国の3次補正に盛り込まれ、多賀城インターチェンジ建設が決まったことだ。建設予定地の同市南
宮は多賀城跡に隣接する古代の「城下」。交通の便が良くなり史跡の見学者が増え、周辺の環境整備も進めば、南門は単体のハコモノではなく、史跡の街のシン
ボルになりうる。南門復元を復興への扉を開く事業にしなければならない。